要旨:法隆寺金堂四天王像は今伝存している最古の四天王像であり、数多くの謎に包まれている。まず、光背に見える主銘と針書には製作当初の貴重な情報が含まれているが、製作者などに関する解釈がさまざまである。次に、様式は古風であり、後世の四天王像には見られない特徴を持つ。特に邪鬼の四体そろって肘を岩座に突き、上膊部を立てるポーズが注目される。最後に、法隆寺金堂四天王像と四天王寺金堂四天王像との関連が議論されているところである。法隆寺金堂四天王像を四天王像金堂四天王像の模作だと主張する学者が多く、それを反対する学者も少なくない。以上示した法隆寺金堂四天王像にかかわる諸問題を中心に、先学の意見を参照しながら、いささかの私見を述べてみたい。47504

要旨:法隆寺金堂四天王像是存留至今的日本四天王像中最古老的。它身上有许多谜团。首先,光背上刻的主铭和针书提供了宝贵的制造当初的相关情况,但是对其中的制作者以及一系列问题,有许多不同的解释。其次,法隆寺金堂四天王像的样式古老,有后世的四天王像所没有的特征。特别是邪鬼的姿势。邪鬼四体都曲臂在岩座上,小臂垂直这一点最引人注目。最后,法隆寺金堂四天王像与四天王寺金堂四天王像的关联也是学者们一直讨论的地方。认为法隆寺金堂四天王像是四天王寺金堂四天王像的仿品的学者很多,反对的学者也不少。本文以以上说明的与法隆寺金堂四天王像有关的诸类问题为中心,并参照先学的意见,谈谈笔者自己的看法与观点。

キーワード:法隆寺金堂四天王像 銘記 様式 邪鬼ポーズ、四天王寺金堂四天王像模作説

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   目次

一、 はじめに

1.1 先行研究

1.2 本稿の目的と方法

二、 法隆寺金堂四天王像の銘記

2.1製作者

2.2分担製作

2.3主銘以外の針書

三、 法隆寺金堂四天王像の様式

3.1宝冠

3.2服制

3.3持物と邪鬼表現

3.4四天王寺像模作説 10

四、 まとめと今後の課題 11

4.1まとめ 11

4.2今後の課題 11

注釈

参考文献

謝辞

一、 はじめに

 仏教はいつ日本に入ってきたのか。文献を探ると、二つの説が出てくる。仏教の正式的な伝来を欽明十三年(五五二年)とする説 と仏教の公伝を欽明天皇戊午年(五三八年)とする説 である。実際、『日本書記』の年立を見てみると、欽明天皇の治世に戊午年がないのだが、それは『日本書記』の錯簡によるミスであることはすでに指摘されたところである。現在では仏教公伝を欽明天皇戊午年(五三八年)にするのが一般的である。百済が仏像などを天皇に献上した裏には政治的な思惑が隠れているが、以後、仏教の経典や仏像が日本に伝えられ、それに伴う日本の造像活動が行われるようになった。

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